リーダーインタビュー: 櫻井由章弁護士(52期、三菱自動車工業株式会社 法務・ガバナンス本部本部長補佐 兼 法務部長)
リーダーインタビュー:
櫻井由章弁護士(52期、三菱自動車工業株式会社 法務・ガバナンス本部本部長補佐 兼 法務部長)
“手触り感”を求めて
四大法律事務所、外資系金融、急成長スタートアップ、グローバル製造業——。
どんな組織に身を置いても、櫻井由章弁護士のキャリアには一貫した軸がある。
それは、現場と経営の“ちょうど間”に立ち、手触り感のある環境で法務サポートを提供すること。
そして何より、人とのコミュニケーションそのものを楽しめる稀有な弁護士として、組織を前に進める役割を果たしてきたことだ。
原点:グライダーを選んだ理由
大学時代、一般市民を対象とした無料法律相談に携わった経験が、櫻井さんを法曹の道へ導いた。困っている人の生の声を聞き、自分の助言がその場で役に立つ——その“手触り感”が強烈だったという。
ジャンボジェットのように巨大で安心・快適な環境よりも、自ら舵を握り、判断がそのまま結果に反映される“グライダー”のほうが合っている。こうした価値観が、櫻井さんのキャリアの最初の原点になった。
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西村へ入所:第二の原点
修習修了後に入所した西村あさひ(当時:西村総合法律事務所)は、今の500名規模の安定したBig Lawとはまったく異なる姿だった。40代・30代の若いパートナーたちが血気盛んにビジネスを牽引し、「どうすれば伝統的大企業から信頼とビジネスを勝ち取れるか」——事務所全体が熱狂していた時代だ。
その渦中に放り込まれた櫻井さんは、若手ながら大規模税務訴訟(最高裁で逆転勝訴)、外形標準課税訴訟、M&A、ベンチャー支援など幅広い案件を経験。“価値は自分で掴みに行くものだ”という姿勢を、現場で叩き込まれた。
今では“大先生”と呼ばれるパートナーの直下で働けたことも大きかった。仕事の切り方、判断のスピード、相手の懐に入るコミュニケーション。一流の所作を毎日のように浴び、「人と向き合い、現場で価値を証明する」という櫻井さんのスタイルが、ここで形成された。
一方で、鍛えられるほどに、自分が本当に惹かれる仕事の形も鮮明になっていった。パートナーを目指す道もあったが、“組織の中で人を巻き込み、実装し、動かしていく” その面白さにこそ自分は強く惹かれる——そう確信したことで、インハウスへの道が自然に浮かび上がった。
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インハウス:モルガン・スタンレー
米国留学後の現地での研修では、優秀なインハウスローヤーとの接点が多くあり、興味をさらに強くさせるものであった。帰国後、西村で全力で走り続け、3年が経った頃、家族の状況も変わり、「組織の中で法務として働く」というキャリアを初めて現実的に考えるようになる。
そんなタイミングで、たまたま縁がつながったのがモルガン・スタンレーだった。
当時、金融分野は一見すると門外漢。しかし、西村で培った M&A・コーポレート全般・訴訟の経験は、同社リーガルでは希少なスキルセットだった。
「金融の専門家ではないけれど、違う角度から価値を出せる」と評価され、入社に至った。
■ 7年間で得た学び
モルスタの7年間は、“インハウスローヤーとしての本格的なスタート地点”となった。
- 法務はビジネスにどう寄り添うべきか
- 海外の同僚たちは内部クライアントとどう接するのか
- 信頼を得るためのコミュニケーションとは何か
- 「ビジネスを前に進める法務」であるために必要な姿勢は何か
米英トップファーム出身者たちと肩を並べるなかで、専門性以外にも、ビジネスサイドを動かす法務としての視点を磨いた。一方で、外資金融の法務は“社内法律事務所”的な側面もあり、ビジネスとの距離を感じる瞬間もあった。その中で静かに強まっていったのが、
「もう一度、創業期の“熱”の隣に立ちたい」
「もっと手触り感のある現場に戻りたい」
という想いだった。
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次のステップ:メルカリ/メルペイ
その想いに呼応するように巡ってきたのが、メルカリ/メルペイからの誘いだった。
創業期特有のエネルギー、スピード、混沌、ゼロからつくる熱気——モルスタでは得られない“手触り感”があると確信した。
入社時自らを含めて3名だったメルペイの法務・コンプライアンス組織は、サービス拡大とともに25名規模へ急拡大。ビジネス設計、許認可、キャンペーン適法性など、あらゆる論点がリアルタイムで発生する。”現場と一体で走る法務”を本格的に体感したのがこの時期だった。
櫻井さんはこう語る:
「この時期が一番大変でしたね。モルガン・スタンレーは独立性が強い“社内法律事務所”的な環境でしたが、メルカリ/メルペイの法務は会社・現場と一体。法務責任者として、会社が掲げる目的意識やカルチャーを自ら咀嚼してチーム・メンバーに浸透させる一方、リーガルマインドを経営にも理解してもらわないといけませんでした。」
採用・評価・育成・役割設計を同時並行で進めながら、“マネージャーとしての自分”をつくり上げる時期でもあった。
「工数をかければ良い」という発想は通用しない。
「法務はビジネスを止める部署ではなく、前に進めるための存在であるべきだと感じていました。そのためにも、“なぜその工数が必要なのか”、“どうすればより効果的なのか”を自らも考えて、チーム・経営に理解してもらう必要がありました。」
業務の自動化、やらないことの明確化、人が介在すべき部分の見極め。そのためには “話す・聴く・想像する” コミュニケーションが不可欠だった。メルカリ/メルペイは、櫻井さんが「組織を動かす法務」へ進化した場所だった。
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オリンパス、そして現職へ
メルカリ/メルペイで一区切りをつけた後、櫻井さんはオリンパスへ。歴史ある大企業のHQ で日本のリーガルを束ね、現場と経営をつなぐ役割を担った。大規模組織でありながら、経営が法務に直接アクセスし、曖昧な状況でも迅速に判断を下す場面に多く立ち会った。約4年間の Japan Head of Legal を経て、2024年、三菱自動車へ。法務・ガバナンス本部長補佐(Deputy Global GC) として、変革期にある製造業の中心で舵取りを担っている。
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現職:大企業で“小回り”を効かせる醍醐味
AI や地政学の影響で製造業は大きく変化している。約25名の法務チームを率いる今も、櫻井さんが大切にしているのは“手触り感”だ。「エッセンシャルなものづくりに関わる実感が好きなんです。変化の大きい業界だからこそ、法務の役割が重要になるし、小さい所帯なので手触り感もあって手応えを感じます。」
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インハウスを考えている若手弁護士へのメッセージ:専門性×人を動かす力
インハウス法務は専門性だけでは成果を出せない。レポートラインの外にいる人と協働し、会社の価値観を自分の言葉で伝え、納得感を生み、組織を動かす必要がある。
そのためには、“話す・聴く・想像する” の三つが欠かせない。
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最後に:どの組織にいても“操縦桿を握る法務”
西村、モルスタ、メルカリ/メルペイ、オリンパス、現職——どれだけ環境が変わっても、櫻井さんの仕事観は一貫している。
“手触り感ある舵取り”を失わず、人と関わる面白さを楽しみながら、組織を静かに、しかし確実に動かしていく。事務所の外にも、手応えのある仕事は多くある。



